生物を真似る
生物のもつ構造を真似て我々の生活に役にたっているものは多いがその事例の一つに面ファスナーがある。1948年スイス人ジョルジョ・デ・メストラル氏が散歩中に愛犬の毛にからみついた野生ゴボウの毬がなかなかとれにくい仕組みに気が付き、この発見で日本ではマジックテープと言われているが今でもこのファスナーは世界中の多くの人たちに使用されている。
何度もくっつけたり外したりできる秘密はかぎ状の突起にあるのだが、これも生物を観察することにより得られた自然を真似て獲得した技術である。地球上に生息、生育する生物の総数は2011年ハワイ大学とカナダのダルハウジ大学の研究チームが生物の分類階級間の相関関係から870万種であることを見出し、これまで予測されていた諸説よりかなり正確であることが明らかになっている。その内訳は動物が777万種、植物が298,000種、菌類が611,000種、原生生物が3,640種、クロミスタが27,500種となっている。しかし、この予測値から陸上と海中の約90%とその殆どの生物がまだ未発見であることが分かり、生物の多様性や地球環境を守るためにはどのような生物がどの様に生息しているのかを知らなければならない。
地球上の生物は進化の過程で高度な最適化、効率化を果たし、38億年にわたり作り上げた生命の歴史には想像もつかない驚くほどの我々人間社会に役に立つ知恵や工夫の情報が隠されているはずです。1950年神経生理学者オットー博士が、生物そのものが自然界で生き抜いてきた高度な最適解であり、すでに実証されている事実からバイオミメティクス(生物模倣技術)という言葉で生物を真似する科学を提唱している。
18世紀後半の産業革命以降、人類は石油や石炭などの地下資源に依存するテクノロジーを発展させたが、このことで地球温暖化や生態系の破壊、大気や水質と土壌の汚染などの地球環境問題を招いている。生物はエネルギーもマテリアルをあまり使わず構造を中心にして合理的な驚くような機能を表現している。例えば人間であれば撥水を持たせるためにはシリコーン樹脂やフッ素樹脂を使うが、植物は普通のワックスと凹凸構造で葉の表面をフッ素樹脂以上の超撥水性を作り上げている。このように地上に降り注ぐ太陽の光と熱、空気や水を賢く使って循環する自然を学ぶことで地球環境の劣化を防止し保全する持続可能な循環型社会を構築する新しい物作りの在り方を東北大学の石田教授のネイチャーテクノロジーという考え方がバイオミメティクスの新潮流となっており期待されている。バイオミメティクスの手法は近年、スポーツ用品や建材、医療などの幅広い産業に利用され始めている。バイオミメティクス研究は電子顕微鏡技術とともに幕を開けたが鮮明詳細な観察は一部の昆虫の幼虫しかできなく研究開発の大きな障壁となっていた。浜松医科大学の針山教授の開発が電子顕微鏡の限界を乗り越える技術「ナノスーツ」の登場によって、生きたままの観察が可能となり第二の幕が上がろうとしている。生物が何億年もかけて獲得してきた素晴らしい機能を学び応用することで省エネルギー、安全安心、環境適合の持続可能な人類文明の創造に弾みをつけようとしている。